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山口地方裁判所 昭和58年(レ)27号 判決

控訴人

ローンズサンヨーこと白根宏真こと

白長吉

右訴訟代理人

中谷正行

被控訴人

阪本サカエ

右訴訟代理人

配川寿好

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、四万三一八五円及びこれに対する昭和五七年九月一七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

4  この判決は、被控訴人勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求原因

1  被控訴人は、昭和五六年一〇月一九日、金融業を営む控訴人から、一五万円を利息月四分六厘、遅延損害金及び弁済期限の定めなしの約定で借り受けたが、別紙計算表「支払期日」欄記載の日に、同表「支払金」欄記載のとおり支払いをなしたので、これを利息制限法所定の制限利率に従つて元本計算をすると、同表「残元本」欄記載のとおり、残元本は、昭和五七年六月三〇日現在で六八一五円となる。

2  そこで、被控訴人は、昭和五七年七月一四日、被控訴人訴訟代理人(以下「訴外代理人」という)に対し、本件貸金債務の整理を委任し、同代理人は、同月二三日控訴人に対し、御連絡と題する書面を送り、「同月二二日までの残債務が法定利息を付して五九五九円であり、この提示金額については直ちに支払いをする。この金額に異存のある場合には同月三一日までに貸付台帳等の関係資料のコピーを送付すること。右連絡にかかわらず、原告やその関係者に対して不当な弁済要求等がなされることがあれば、しかるべき法的手続をとること」を通知した。

3  それにもかかわらず、控訴人の従業員訴外吉津定二郎(以下「訴外吉津」という)は、これを無視して、次のような弁済請求をなした。

(一) 昭和五七年八月四日午後七時ころ被控訴人宅に架電し、電話口に出たその夫の訴外阪本泰造(以下「訴外泰造」という)に対し、「金をすぐ返せ。弁護士に頼もうと、裁判にかけようと、自分たちには関係ない。お前たちに貸したのだから、お前たち二人で払え。」と申し向けた。

(二) 同月一一日被控訴人宅に架電し、電話口に出た訴外泰造に対し「金をすぐ返せ。返さないと自分たちがお前の家に行つて、お前たちを住めないようにする。それでもよいか。」と申し向けた。

(三) 同月一七日午後八時ころ被控訴人宅に架電し、電話口に出た娘の訴外阪本泰子(以下「訴外泰子」という)に対し、「父母はいるか。いないのなら、帰つてきたら電話をさせるように。お前はその家の何か、中学生か高校生か。」と申し向けた。

(四) 同月二〇日午後八時ころ被控訴人宅に架電し、電話口に出た訴外泰子に対し、「父母はいるか。帰つてきたら電話をするように。もし電話をしないのなら土曜日に行つて、あんたたちをそこに住めないようにする。そうなつたら困るのは、あんたたちやないのか。」と申し向けた。

(五) 同月二七日午後七時三〇分ころ被控訴人宅に架電し、電話口に出た訴外泰造に対し「今から行く。誰が出ようと関係ない。とにかく全額すぐ払え。奥さんが病院で働いているので、病院の方へ行けば、奥さんに迷惑がかからないとも限らない。弁護士と二人で来い。電話は自分からはできないので、お前がするように。博多の本部から一人来て、二人で家の方に行く」と申し向けた。

(六) 同月三〇日午後八時ころ被控訴人宅に赴き、戸をたたいたりベルを何回となく鳴らした。そして、「六月三〇日現在元金七万七〇二〇円、全額至急入金されたし、何等連絡のない場合は職場に行き請求します」と書いたメモ書を郵便受けに入れた。

(七) 九月二日午後七時三〇分ころ被控訴人宅に赴き、応待した訴外泰造及び被控訴人に対し、「全額払え。裁判にかけたらそれに従う。裁判をやめて差額を払え。判決がおりるまで時間がかかるし、その間ほかの者が病院に集金に行き、しまいには働けなくなるが、それでもよいか」と申し向けた。

4  訴外吉津の右各行為は、債権回収行為として社会通念上許容される範囲を逸脱した違法な行為であり、被控訴人は、右不法行為により著しい心理的不安や精神的苦痛を被つたもので、これに対する慰藉料は五〇万円が相当であるところ、訴外吉津の右不法行為は控訴人の事業の執行につきなされたものであり、控訴人は、同人の使用者であるから、民法七一五条に基づき、右損害を賠償する責任がある。

5  そこで、被控訴人は、控訴人に対し、昭和五七年九月一六日到達の本訴状により、前記損害賠償債権五〇万円をもつて、控訴人の被控訴人に対する前記本件貸金残元本債権六八一五円と対当額において相殺する旨の意思表示をなした。

6  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、右相殺後の慰藉料残額四九万三一八五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年九月一七日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する控訴人の認否

1  請求原因1の事実は、利息及び弁済期限の点を除いて認める。

本件貸金の利息は月七分五厘、弁済期限は貸付日から一〇か月後の給料日までとの約定であつた。

2  同2のうち、被控訴人が、昭和五七年七月一四日、訴外代理人に対し、本件債務の整理を委任したことは知らないが、その余の事実は認める。

3  同3冒頭の事実のうち、訴外吉津が控訴人の従業員であることは認める。

(一) 日時は明らかでないが、同3(一)のような内容の架電をした事実は認める。

(二) 同3(二)のうち、「返さないと自分たちがお前の家に行つて、お前たちを住めないようにする。それでもよいか。」と申し向けたことは否認するが、その余の事実は認める。

(三) 同3(三)の事実は認める。

(四) 同3(四)のうち、「住めないようにする。」などと申し向けたことは否認し、その余の事実は認める。

(五) 同3(五)のうち、「弁護士と二人で来い。電話は自分からはできないので、お前がするように。博多の本部から一人来て、二人で家の方に行く。」と申し向けたことは否認する。

(六) 同3(六)のうち、戸をたたいたり、ベルを何回となく鳴らしたことは否認し、その余の事実は認める。

通常の訪問の態様としてベルを鳴らし、戸をノックしたにすぎない。

(七) 同3(七)の事実は否認する。

4  同4のうち、訴外吉津が本件債権回収行為を控訴人の事業の執行につき行つたこと控訴人が同訴外人の使用者であることは認めるが、その余は争う。

5  同5の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1のうち、被控訴人は、昭和五六年一〇月一九日、金融業を営む控訴人から、一五万円を遅延損害金の定めなく借り受けたが、別紙計算表「支払期日」欄記載の日に、同表「支払金」欄記載のとおり支払いをなしたので、利息制限法所定の制限利率に従つて元本計算をすると、同表「残元本」欄記載のとおり、残元本は、昭和五七年六月三〇日現在で六八一五円となること、同2のうち、訴外代理人は、昭和五七年七月二三日、控訴人に対し、被控訴人主張どおりの「御連絡」と題する書面を送つたことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、本件貸金の経緯につき次の事実が認められる。

1  被控訴人は、夫が失業中であつたため、生活費や他の高利金融業者への返済資金の必要から、前記昭和五六年一〇月一九日金融業を営む控訴人から一五万円を(これらの点は当事者間に争いがない)、利息月七分五厘、支払方法は、同年一一月から同五七年八月まで毎月二〇日限り二万一九〇〇円宛(後に毎月末日支払いと変更)支払う旨の約定で借り受け、夫の訴外泰造は、同日控訴人に対し、右債務につき連帯保証する旨約した。

2  被控訴人は、第三者から弁護士を介して借金を整理することを勧められ、昭和五七年七月一四日訴外代理人に、本件債務の整理を委任した。

3  控訴人は、前記昭和五七年七月二三日訴外代理人が送付した「御連絡」と題する書面に対し、右通知に従うわけにはいかない、判決文をとればそれに従うが、指示どおりの資料を送ることはできない旨同代理人に回答し、直接被控訴人から、約定どおりの計算による残債務七万七〇二〇円の回収を図ることにした。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二訴外吉津の取立行為について

1  請求原因3(一)の事実は架電した日時の点を除き当事者間に争いがない。

2  同(二)の事実については訴外吉津が、昭和五七年八月一一日被控訴人宅に架電し、訴外泰造に対し、「金をすぐ返せ。」と申し向けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、その余の事実が認められる。

3  同(三)の事実は当事者間に争いがない。

4  同(四)の事実については、訴外吉津が、同月二〇日午後八時ころ被控訴人宅に架電し、訴外泰子に対し、「父母はいるか。帰つてきたら電話をするように。」と申し向けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、その余の事実が認められる。

5  同(五)の事実については訴外吉津が、同月二七日午後七時三〇分ころ被控訴人宅に架電し、訴外泰造に対し、「今から行く。誰が出ようと関係ない。とにかく全額すぐ払え。奥さんが病院で働いているので、病院の方へ行けば、奥さんに迷惑がかからないとも限らない。」と申し向けたことは、控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなし、また、前掲各証拠によれば、その余の事実が認められる。

6  同(六)の事実については、前掲各証拠によれば、訴外吉津が、ベルを数回鳴らし、ドアを数回ノックしたことが認められ、その余の事実は、当事者間に争いがない。

7  前掲各証拠によれば、同(七)の事実が認められる。

8  また、〈証拠〉によれば、同人らは、請求原因(一)、(二)、(五)、(七)の各請求の際、訴外吉津に対し、一切を弁護士である訴外代理人に委任しているので、同人と交渉してほしい旨述べていることが認められる。

9  〈証拠〉中前認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし措信できず、他に以上認定を覆すに足りる証拠はない。

三本件取立行為の違法性及び損害について

市中高利金融業者の中には、往々度を超えた取立てをして、債務者の社会的信用を失墜させるばかりではなく、その近隣の平穏をも害し、あるいは勤務先の業務を妨害するなどの程度にも至り、そうしたことから債務者が職を失い、一家離散するなどの悲惨なサラ金被害の実情は、しばしばマスコミその他により喧伝され、社会一般に知れわたつているところであつて、それだけに、昭和五七年八月一一日の「住めないようにする。」、同年九月二日の「しまいには働けなくなる。」などの訴外吉津の言辞は、被控訴人一家にとつて、喧伝されているサラ金被害が我が身にも現実のものとなるのではないかとの不安と恐怖を、免れ得しめなかつたものというべく、そのことは、〈証拠〉により明らかであり、しかも、被控訴人は、弁護士を代理人として法定利息により計算した残債務額を速かに支払う旨表明しているのであるから、右のような言辞は、被控訴人及びその家族の平穏な生活を営む権利を不当に侵害するもので、債権行使の方法として許されるべき範囲を逸脱した違法なものといわなければならない。

もつとも、反面、〈証拠〉によれば、債務者たる被控訴人が誠実に弁済を履行してきたからではあるが、従来控訴人が過度に強硬執拗な督促請求をした形跡は全く窺われないのに、訴外代理人が控訴人に送付した書面(甲第二号証)は、〈証拠〉からみて本件債務は持参債務の約であつたと認められるにもかかわらず、取立てを当然の如く求めているほか、その内容及び用語の全体からみていささか一方的、高踏的な印象を免れないとは言えないもので、それまで本件貸金につき被控訴人との間に、何らの衝突確執もなかつた控訴人として、いきなりこのような書面を受け取つた場合、少なからず不快の念を禁じ得なかつたとしてもやむをえないであろうと思われること、訴外吉津が被控訴人らに架電し、あるいは請求に赴いた時刻も、夏期という季節から考えて、夜間とはいえ決して非常識な時刻とはいえないこと、〈証拠〉によれば、被控訴人とその夫は、弁護士に債務の整理を依頼すればそれですべて解決し、電話も督促も来ることはないと安易に思い込んでいたふしが窺われ、そのためか、訴外吉津の架電等に対し、それまでは違法、不当な督促などしていた相手ではないのであるから、何故弁護士に一任することになつたかなど事情を説明し、債権者側の理解を得る努力を多少なりとも試みて然るべきではなかつたかと思われるのに、ただ弁護士に委ねたからとして、その対応の姿勢にいささか一面的、閉鎖的な感を免れ難いこと、〈証拠〉によれば、訴外吉津の架電の際の語句は普通で、いわゆる荒つぽいとの印象を与えるものではなかつたこと、また、前記の言辞以外には、実際に勤務先に現われたり、住居の平穏を害するような行動に出たりすることはなかつたこと等諸般の事情を総合勘案すれば、訴外吉津の前記不法行為に対する被控訴人の被つた精神的苦痛に対する慰藉料は、五万円が相当である。

四控訴人の責任について

訴外吉津が控訴人の従業員であり、同人の前記取立行為が控訴人の業務の執行としてなされたものであることは当事者間に争いないところであるから、控訴人は、民法七一五条により、訴外吉津の使用者として右損害を賠償すべき責任がある。

五相殺について

請求原因5の事実は、当裁判所に顕著である。

六以上によれば、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償債権は、前記一で認定した本件貸金の残元本債務六八一五円と、相殺により対当額において消滅したことになるから、被控訴人の本訴請求は、四万三一八五円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年九月一七日から支払い済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由あるものとしてこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、よつてこれと異なる原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

計算表

支払期日

日数

元金

(借入金)

支払金

法定利息

過払金

残元本

56.10.19

150,000

11.19

32

22650

2367

20283

129717

12.22

33

21900

2111

19789

109928

57.1.29

38

11500

2060

9440

100488

3.1

31

23400

1536

21864

78624

3.23

22

21900

853

21047

57577

4.22

30

9180

852

8328

49249

5.31

39

21900

947

20953

28296

6.30

30

21900

419

21481

6815

(西岡宜兄 丹羽日出夫 木村元昭)

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